最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)773号 判決
上告人(原告) 酒井五三郎
被上告人(被告) 占部久重
一、主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
二、理 由
上告代理人園田国彦の上告理由について。
公職選挙法において選挙運動の費用を制限する所以のものは候補者をしてできるだけ平等の経済的条件の下に経費のかからない選挙をさせようとするにあること勿論であるから、選挙区内に住所を有しない候補者が選挙運動のためにその区域内の一定の場所に引続き滞留する場合、その場所を設くるに必要な費用及びその場所においてする日常の衣食の費用等は、選挙運動の費用とみるべきではない。けだし、かく解しないときは、かかる候補者は、選挙区内に住居を有する候補者に比し選挙費用の制限上著しく不利益な条件の下で選挙に当らなければならないこととなるからである。原判決によれば、被上告人が広瀬旅館に支払つた所論金五九五〇円の宿泊料は、被上告人が本件村長の選挙実施当時日高村に住居がなかつたため、その選挙期間中選挙事務所を置いた同村所在の右広瀬旅額に滞留するに要した費用であると認定し、かかる宿泊料は選挙運動に関する支出に属さない旨判示したのである。されば原判旨は正当であり原判決には所論のような違法はない。
その他の論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せずまた同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩松三郎 真野毅 斎藤悠輔 入江俊郎)
上告代理人園田国彦の上告理由
第一、原審は採証の方法を誤り事実を誤認し、且つ法の解釈を誤り之を適用し、又は適用しない違法がある。
一、理由(五)として原審の判示する処に「最後に同日被告が広瀬旅館に対し支払つた被告の宿泊料金五千九百五十円の点について検討するに、被告が昭和二十六年四月三日立候補の届出をした日から、同月二十二日(投票日の前日)までの間に九、十、十一日の三日間を除いて合計十七日間日高村の広瀬旅館に投宿し、その間宿泊料として金五千九百五十円の支出したことは被告の認めるところであるが、証人広瀬徳太郎第一回の証言や原告本人の供述によつて明かなように、被告は本件選挙当時は様以郡様以村に居住し、日高村には被告の自宅もなかつたためその選挙期間選挙事務所を置いた同村の広瀬旅館に滞在し、これを一時生活の本拠として選挙運動に従事したものである。中略、その滞在に要する費用は公職選挙法に規定するところの選挙運動に関する支出に該当しないものと解すべきである。とあるが、原審の証人広瀬徳太郎及び原告本人の証言によれば、被告は右選挙期間中日高村には選挙運動以外には用件はなかつたようですと供述している如く、他の用件もなく日高村に滞在したものであるから、右旅館に支払つた実際の金額は七千円であるが、九、十、十一日の三日間は被告の生活の本拠である様以村に帰宅した事実があるので、その三日分の金千五十円を滞在費から除外した金額であり、被告が選挙運動に関して支出したものである。
(イ) 原審は被告が広瀬旅館に投宿して十七日間滞在した事実を認定し、之によつて直ちに生活の本拠としたと飛躍した認定をせられたものである。被告が選挙の本拠を日高村広瀬旅館に置いた事実と、生活の本拠を置くという事実は別箇の事実である。従つて生活の本拠を様以郡様以村に置いている事実は証人広瀬健太郎、同鹿島千代麿、同安田春男、西島鈴男、原告本人並に被告本人の供述で明らかであるから、更に日高村に移した事実について審理して証拠に依らなければその判示事実は虚無の証拠によるものである。従つて原審は審理を尽さず、その採証の方法を誤り事実を誤認した違法があると思料する。
(ロ) 原審の判示するように解するとすれば、理由(一)の昭和二十六年四月七日被告が選挙運動員星野清蔵と共に千栄村道垣内旅館に二泊した宿泊料も亦生活費ということになり、選挙運動に関する支出とならない道理である。然るに原審はこの宿泊料は支出の費用に含まると判示し、長期の宿泊料は之に含まれないとは同じく生活のため必要欠くことの出来ない寄宿食費を両様に解するのは、その判示理由に彼此矛盾して一貫しないもので理由齟齬の謗を免れない。仍てその違法があると思料する。
(ハ) 原審は、被告本人及び証人広瀬徳太郎の証言によれば、広瀬は宿料として被告から金三百五十円が一泊の割で二十日分金七千円を受取りました。被告本人も亦金七千円を払いましたと供述しているのであるが、その二十日分の内には四月七、八の二日分と同月九、十、十一日の三日計五日分は被告が他に宿泊して広瀬旅館に宿泊していないのであるから、被告は結局道垣内旅館に支払つた金四百円と三日分の千五十円の計金千四百五十円の多額の支払をなしたのである。然るに原審の判示する理由の公職選挙法において選挙運動に関する支出金額を制限する所以は、できるだけ費用のかからないようにして選挙を実施すると共に、競争候補者をしてできるだけ平等の経済的条件下に競争させようとするものである。云々とあるが、如何に選挙実施地に居住を有しない候補者に対する立場を判示のように解するとしても、被告の場合のように宿泊しない日までの分まで宿泊料を支払つても経済的条件を平等におくものではなく、却つて被告の如き候補者を特に強く保護する結果となり判示は法の解釈を誤つて之を本件に適用したものであつて、此彼対照してその理由に矛盾があつて本末転倒の違法があるものと思料する。
二、原判決は以上(イ)、(ロ)、(ハ)に述べた如く採証の方法を誤り事実を誤認し、且つ公職選挙法第百九十七条に規定する選挙運動に関する支出の除外の宿泊料を選挙運動に関する支出に該当しないものと法の解釈を誤り、之を本件事実に適用したもので、その違法は判決に影響を及ぼす重要なる違法であるから破毀さるべきものと思料する。
第二、原判示は、理由(一)に昭和二十六年四月七日千栄村道垣内旅館における被告と、選挙運動員星野清蔵との休泊料については云々、健太郎の妻に対し宿泊料金二千円を渡したけれども中略、内金千二百円を返還した事実が認定できると云々とあるが、被告は当時宿泊料金二千円を支払つたものであるが選挙終了後において、原告の当選無効訴訟を提起するため証人道垣内健太郎宅に赴き調査した後において返還したことにしたものであつて、一旦支払つたものであるから返還した事実によつて支出の事実は明瞭であるのに、その間の事実に付誤つて証拠を採用し事実を誤認されたものである。原告本人の供述の如く、告発後証人道垣内健太郎の証言は措信し難いものである。仮りに同証人の証言を採用しても、被告が同旅館に金二千円を支払つた事実は確認されるのである。然るに選挙の実際として費用超過の場合は領収証を金額より少額にし、又は一旦支払つた金額を返還した如く虚構するのが公然として行われる現在において、斯かる支払を支出と認めないとするならば公職選挙法の支出金額の制限は空文に終るのである。而して一旦支出せられた以上は両者における支出金額の授受は一旦確定するのである。故に原審はこの事実を無視して返還された事実を以て未だ支払前の状態に解されたものであるから、受領した事実の証拠を採証上誤り且つ事実を誤信された違法があるものと思料する。
公職選挙法において選挙運動にに関する支出金額を制限したのは必要費用を最少限に止めしめんとするものであるが、被告は原告主張の如く各所に於て飲食物を供与し投票を得んとした事実があり、立証は困難であるが原審に現れた如く事実宿泊しないに拘らず、五日分の金千三百五拾円(道垣内旅館に四百円支払いした差額金三百円と三日分の合計)を支出している事実からして、競争候補者より有利な選挙運動上利益を得るような条件を醸す如き不当な公正を欠く条件におくことは法の認めない処である。此の事実からして原判決はその理由にくいちがいがあるために、被告の支出金額が制限額を超過しなかつたと言う事実誤認となつたものであるが、原判決の認定した被告の支出総額は金四千百六円に尚広瀬徳太郎が得た金千三百五十円を合すると金五千百五十六円となつて、制限支出額金五千百円から超過すること金五十六円となつて被告の当選は無効となるべきものであるのに、原審はこの点に付き理由を附せず、又は理由不備があつて違法である。
殊に被告から広瀬旅館に支払わされた右金千三百五十六円は生活費と言うことも出来ないのであるから、被告の選挙運動に関する支出であつて、広瀬の得た金銭であるから右支出金額外の支出ということのできないものである。
採証は裁判所の自由とは言いながら余りに被告のみに偏頗な取捨と言わなければならない。
選挙運動は一時的のものであつて生活の主要収入を得るものではないから、被告が他村から選挙運動のため主張したからといつて生活の本拠が日高村に移つたとは認められない。妻子の居住する様似村に被告のそれ迄の職業も住所も存在するのである。従つて原審は選挙運動の本拠と生活の本拠を混同して誤認せられた結果である。公職選挙の公正を期する所以ではないと思料する。 以上